厚生労働科学研究費補助金(食品安全確保エ研究事業)
分担研究報告書
Q熱コクシエラの鶏卵からの検出に関する研究
 
分担研究者 岸本寿男 国立感染症研究所 ウイルス
第一部第五室
室長
協力研究者 小川基彦 国立感染症研究所 ウイルス第一部
第五室
主任研究官
協力研究者 佐藤梢 国立感染症研究所 ウイルス第一部
第五室
流動研究員
協力研究者 山本茂貴 国立医薬品食品衛生研究所 食品衛生管理部 部長
協力研究者 貞升健志 東京都健康安全研究センター 微生物部
ウイルス研究科
主任研究官
協力研究者 平井昭彦 東京都健康安全研究センター 微生物部
ウイルス研究科
主任研究官
協力研究者 甲斐明美 東京都健康安全研究センター 微生物部
ウイルス研究科
科長
協力研究者 諸角薫 東京都健康安全研究センター 微生物部 部長
協力研究者 百田隆祥 栄研化学株式会社 生物科学研究所 研究員
協力研究者 小島禎 栄研化学株式会社 生物科学研究所 課長
協力研究者 池戸正成 栄研化学株式会社 生物科学研究所 部長


研究要旨:近年、食品の安全性が求められているが、鶏卵や関連食品などのQ熱コクシエラ(Coxiella burnetii: C.burnetii)汚染の実態や、感染リスクについては、その検出方法が未だ確立されていないため不明な点が多い。本研究は鶏卵のC.burnetiiによる汚染の実態を調査・検証し、鶏卵や関連食品からの感染リスクを検討することを目的とした。初年度としては、感染研並びに研究協力施設にて、C.burnetiiの鶏卵からの確実な検出法についてそれぞれ検討した。まず鶏卵からのDNA抽出法の検討を行い、さらに特異的かつ高感度な菌の検出法として、各種遺伝子検出法について検討した。遺伝子検出法としては、従来のnested-PCR法に加え、新たにTaqMan法によるReal Time PCR法、LAMP(Loop-mediated Isothermal Amplification)法を利用した検出系について開発し、850~3400個/卵の感度をほぼ確立した。これらを用いて市販鶏卵についても2施設で初期調査を行ったが、計215個の卵からはC.burnetiiは検出されなかった。今後、さらに検出方法を比較し改善するとともに、市販鶏卵やその他の関連食品も親鶏等の実態調査を進める予定である。


A.研究目的
 わが国において、近年、鶏卵や関連食品の一部がC.burnetiiに汚染されている可能性があるとの指摘があり、鶏卵のC.burnetiiによる汚染の実態を調査・検証し、鶏卵や関連食品からの感染リスクを検討する必要性が生じた。本件に関連する背景として、過去の成績では、まず1950年代に生卵からヒトへ感染したとされる報告がある(J Microbiol Epidemiol Immunobiol 1957)。この報告では、飼育していた飼育場(野外)の鶏およびダニ、また卵殻および卵殻膜からC.burnetiiが同定されている。一方で、別の報告では、鶏の感染実験により鶏から卵への垂直感染はおこらなかったとしている。(Avian Disease 1977)。また、疫学的に鶏や野鳥にC.burnetiiによる汚染があることも報告されている。(J Wildlife Diseases 1971、1979、Avian Disease 1977)。但し、これらの報告は、当時使用された検査法の感度が不明で、報告によって方法も様々であり不明な点も多い。近年、欧米において卵や鶏肉関連食品からのQ熱感染のリスクの検討に参考となる報告はない。そこで、将来的に鶏肉や鶏卵の安全性を確保するためには、鶏卵汚染の実態調査と並行して以下の3点、すなわち1.わが国の鶏汚染状況、2.感染鶏でのコクシエラの動態、3.人の健康被害の実態、これらをあわせて調査検討することが望ましいと思われる。
以上のような現状認識に基づき、本年度の研究では、まず汚染卵であった場合に、確実に陽性と確認できるように、卵からの特異的かつ高感度な菌の検出方法の確立と市販卵の初期調査を目的とした。

国立感染症研究所における検討
B.研究方法
 まず卵からの検出方法の検討において、感度試験用として菌数をカウントしたC.burnetii陽性コントロールを国立感染症研究所で作成し、東京都健康安全研究センター、栄研化学(株)、生物化学研究所に分与し、3施設でこれを用いた。
鶏卵からのC.burnetiiの検出法の開発には、高感度、高特異性に加え、大量の検体を簡便かつ迅速に処理出来る方法が必要であるため、
1. TaqMan法によるReal Time PCR法の確立
2. 鶏卵からのDNA抽出法の確立
3. 市販の卵からの検出の試み
について検討を行った。以下に詳細な方法を示した。


1. TaqMan法によるReal Time PCR法の確立
 TaqManMGBプローブおよびプライマーの設計
 C.burnetii NM株の外膜白質(coml)およびインサーション配列(ISlllla)に対するプローブとプライマーをPrimer Expressソフトウエアー(Applied Bisosystems)を用いて設計した。最終的に、他の菌ゆヒトゲノムへのホモロジーが極めて低く、C.burnetiiのみに特異性が高い各2組、計4組のプローブおよびプライマーを作成した。それぞれの配列は、QompF15’-CGC TGC CAA AGT ATC ATT AGC A-3’、QompF15’-CGC GTC GTG GAA AGC ATA A-3’、QompF15’- ATT TTC CTT GTT TAG CG-3’、QompF2 5’-ATA GCC GCC CCC TCT CAA T-3’、QompR2 5’-TCT ACT AAA ACT TCT GGG TGG TTG ACT -3’、QompP2 5’-AGT CAA AGA CAT ACA AAG C-3’、QISF1 5’-CAC CAA TGG CCA ATT TAA -3’、QISR1 5’-AAA GAA AGC GGT TGC ATT CG-3’、QISP15’-ATA TCC GGC ATC ACG A-3’、QISF2 5’-GCG AGC GTG GGT GAC ATT -3’、 QISR2 5’-ACC CAA TAA ACG CCG ACA AC -3’、QompP2 5’-ATC AAT TTC ATC GTT CCC GG -3’である。


 Real Time PCRの実施条件
 反応は、ABI PRISM 7000および7500(Applied Bisosystems)を用いて、TaqMan Universal Master Mix(2x)(Applied Bisosystems)12.5μl、プライマー各900nM、Taq Man MGB プローブ250nM、サンプルDNA10ng以上を含む計25μlの反応液で、50℃2分のUNG活性化反応、95℃10分のTaqGoId活性化およびUNG不活化反応のあと、95℃15秒および60度1分の2ステップPCRを40サイクル行った。


 検出法の感度検討
 感度の検討には、C.burnetii Nine Mile株Ⅱ相菌ホルマリン不活化死菌(以下Ⅱ相菌)を用いた。Ⅱ相菌の培養および精製は定法にしたがって行った。菌数の測定は、Ⅱ相菌を10倍段階希釈して、各希釈の10μlを直径5mmのマルチウエルプレートのウエルにのせ、乾燥および固定後、定法にしたがって蛍光染色し、10μl中の菌数を計測した。
  計測した既知の濃度(菌数)のⅡ相菌を段階希釈して、各PCR反応に100、10、10.10.01個の菌が含まれるように調整して感度の検討を行った。


 特異性の検討
 Acinetobacter baumannii、Acinetobacter iwoffii、Alcaligenes faecalis、Acinetobacter xylosoxidans、Chryseobacterium indologenes、Escherichia coli、Flavobacterium breve、Flavobacterium odoratum、Haemophilus influenzae、Klebsiella pneumoniae、Legionella pneumophila (Serogroupl) 、Pseudomonas aeruginosa、Pseudomonas fluorescens、Pseudomonas stutzeri、Serratia marcescens、Staphylococcus aureus、Staphylococcus epidermidis、Staphylococcus pneumoniae、Staphylococcus pyogenes、Listeria monocytogenes、Yersinia enterocolitica、Proteus vulgaris、Proteus penneri、Salmonella typhimurium、Salmonella enteritidis、Salmonella choleraesuis、Salmonella arizonae、Baillus subtlis、Neisseria gonorrhoeae、Mycoplasma pneumoniae、Chlamydia trachomatis、C.pneumoniae、C.psittaci、Rickettsia japonica、R.conori、R.typhii、R.prowazekii、Ehrlichia chaffeensis、E.canis、HE、E.sennetsu、Orientia tsutsugamushi の計46株に対する反応を調べた。


2. 鶏卵からのDNA抽出法の検討
 まず液卵を用いた予備実験で、卵白が混入するとDNA抽出が困難であることが判明したため、以後卵黄からの抽出法を検討した。

 PBS+NaC1およびTween20濃度の卵黄への影響
 PBS中のNaC1の濃度を(2.9~7.9%まで)変え、卵黄へ等量を加えたときの影響を調べた。また、PBS中のTween20の濃度を(0.01~2.0%)変え、同様に解析した。
方法:
50~600μlの卵黄+600μlのPBS+NaC1溶液or PBS+Tween20溶液を用いる。
激しく撹拌3分。
14,000rpm 15分 4℃。
沈渣を観察。



 スパイク試験(スモールスケール)
方法:
卵黄約500μlに5.9%PBS-NaC1 750μlとC.burnetii(10~103個/tube)を加える。
ボルテックス3分。
遠心14,000rpm 30分 4℃。
上清をピペットで捨て、50μl程度残す。
130μl1ATLに20μl proteinase Kを加える。
200μl AL液を加える。
ボルテックス。
56℃一晩インキュベート(時々ボルテックス)
200μlのエタノールを加えて、ボルテックス15秒。
 あとは、プロトコールにしたがって行う。最終的に、50μlのAE液で溶出。そのうち2.5μlを12.5μlの系でReal Time PCRに使用した。


 スパイク試験(ラージスケール)
方法:
卵殻の消毒:卵殻を消毒アルコール、ヨード、消毒アルコールの順で消毒、グローブも消毒する。
割卵:目玉焼きを作るときの要領で、割卵し、シャーレにあける。直径15cmのシャーレを使用し、4個入れる(別々でもよい)。
卵白を除く:卵黄を吸わないようにアスピレーターで吸って捨てる。(25mlピペット使用)。
25mlのピペットの先を卵黄に突き刺して、卵黄を吸引する。約10mlを50mlの遠心管に入れる。
菌を102~105個加える。
8%NaC1-PBSを20ml加える。TAITEC VR36で数分間混和する。
10,000rpm45分遠心する。
上清をデカンテーションで捨てる。さらに、残りをP1000で吸って捨てる。
400μlのPBS(20μl proteinase K(20mg/ml)含む)を加え、ボルテッスする。
56℃一晩インキュベート。
そのうち200μlをとって、Qiagenのプロトコールに従って、以後の操作を行い、最終的に50μlのAE液で溶出した。


3. 市販の卵からの検出の試み
 以下の都内のスーパー2店で購入した合計115個の卵について検査を行った。検査には卵黄500μlを用い、上記の方法で6%PBS-NaClを用いて行った。また、陽性コントロールとしてSalmonella enteritidisを500個および50個を500μlの卵黄にスパイクして用いた。検出には、omplおよびISIのプローブおよびプライマーのセットを用いた。また、サルモネラの検出は、サルモネラ菌invA遺伝子検出用Primer Set SIN-1,-2、(タカラバイオ株式会社)を用いた。

試供卵:
都内スーパーAで購入。
1~11 H養鶏場(埼玉)
11~22 (20欠番)KA卵(福島)
23~32 SZ卵(埼玉)
33~42 SA卵(愛知)
43~50 SSN(愛知)

都内スーパーBで購入
51~56 AHY(群馬)
57~62 SFたまご サルモネラチェック
63~70 W卵(茨城)
71~80 FSの卵(茨城)
81~88 新鮮卵M(茨城)
89~94 Mたまご(茨城)
95~100 WO(青森)
101~108 NK卵(茨城)
109~116 MG(濃厚卵)(埼玉)


C.研究結果
1. 設計したプライマーおよびプローブの感度
 表1のように、今回設計したIS遺伝子に対するプライマーおよびプローブISIRTが最も感度が高く、0.01~0.1個の菌が検出可能であった。IS2RTに関してもほぼ同等の感度が得られた。また、外膜蛋白質に対するプライマーおよびプローブomp1RTおよびomp2RTは1~0.1個の菌が検出可能で、同じ遺伝子を標的としたnested PCRより感度が高かった。
 次に、FAM標識のomp1および2とVIC標識のIS1および2を併用したところ、omp2とIS1を併用すると感度が著しく落ちることが示された。


2. 設計したプライマーおよびプローブの特異性
 omp1とIS1とIS2の組み合わせで、FAMとVICの同時検出で検討した。その結果、IS2は35サイクル前から、一般細菌のいくつかに非特異的に反応した。また、omp1とIS1は36以降で、いくつかの細菌に非特異的に反応したが、36サイクル以前では陽性のものはなかった。


3. PBS+NaC1およびTween20濃度の卵黄への影響
 卵黄500μlに等量のPBS-NaC1濃度が2.9%以上で顕著なペレット量の減少がみられた。また、Tween20の濃度はペレットの量に影響しなかった。


4. スパイク試験の結果
 表2にIS2により2回行った結果を示す。検体あたりスモールスケールでは1000個、ラージスケールでは10,000個まで2回とも検出可能であった。Omp1についてもほぼ同様結果であった。


5. 市販鶏卵の初期調査の結果
 市販鶏卵、計115個の卵黄500μlからのしC.burnetii遺伝子検出はすべて陰性であった。コントロールとして用いたS.enteritidisは500個でスパイクしたものが4/4(100%)陽性、50個が1/4(25%)陽性であった。


東京都健康安全センターにおける検討
B.研究方法
1. 卵黄からのC.burnetii遺伝子検出法の検討
 卵黄をストマッカーにより、よく粉砕後、既知のコピー数のC.burnetii Nine Mile株Ⅱ相菌を添加した。0.25~2.0Mのモル濃度の異なるNaC1 加 PBSをそれぞれ等量加えホモジナイズし、25000Gで高速遠心後の卵成分の沈殿量を比較した。さらに、遠心沈殿をSDS、proteinase Kで消化後、Na1法によりDNAを抽出した(または、市販キットQIA amp DNA Mlni Kitで抽出し、DNA溶液を20μlに濃縮)。得られたDNA 10μlを材料に、com1遺伝子をターゲットとしたnested PCR法による遺伝子検出をおこなった。



2. 市販鶏卵の初期調査
 東京都内で販売で販売されていた卵100個について、上記の方法により検査を実施した。


C.研究結果
1. 卵黄からのC.burnetii遺伝子検出法の検討
 NaC1濃度1MのPBSを加え、ホモジナイズ後25000Gで遠心した場合に、C.burnetiiの検出感度を落とさずに、卵成分の沈殿量が最も少なくなりC.burnetii遺伝子の抽出効果が最も高いことが判明した。また、同操作による結果、C.burnetii検出感度は5×102個/卵黄10mlであった。

2. 市販鶏卵の初期調査の結果
 市販鶏卵100個の検査を実施した結果、C.burnetii遺伝子は検出されなかった。


栄研化学(株)生物化学研究所における検討
B.研究方法
1. LAMP法を用いたC.burnetiiの検出法
 プライマーの設計とLAMP反応C.burnetiiに特異的である27-kDa outer membrane protein をコードしている遺伝子(com 1)を標的としてLAMPの基本プライマーを設計し、あわせてより効率よく増幅させるためにLoop primerの設計を行った。全量を25μlとして、65℃の等温で60分間の反応条件で測定した。Loop primerの効果確認には蛍光リアルタイム測定装置(ABI 7000)を、それ以外のリアルタイム濁度測定装置(LA-200)を用いて測定した。使用菌株C.burnetiiの鋳型としてNine Mile株のgenomic DNAを用いた。C.burnetii以外の菌株として市中肺炎の起炎菌を中心に35菌株を用いた。感度試験C.burnetiiは蛍光染色によるカウント法で細胞数を確認したものから調製したgenomic DNAを希釈し、600、60、6個/testになるように調製し、LAMP反応を行った。なお、対照として「Q熱診断マニュアル」(国立感染症研究所・地方衛生研究所編)記載のPCR法で測定した。特異性試験C.burnetii以外の35菌株は6X103~~6×104個/testの濃度で測定した。増幅産物の確認LAMP産物の電気泳動による確認およびプライマーのFI領域とF2領域間に制限酵素HincⅡで切断される配列があるのを利用して、産物が目的とした遺伝子領域であるかどうか確認を行った。

2. 卵からのC.burnetii DNA抽出と検出法の確立
 鶏卵からC.burnetiiを検出するための処理法について検討を行った。菌体の回収効率については、
卵黄の採取法の検討:卵黄のみを採取する・検体量を多くし検出感度を確保する。
黄の沈殿量の検討:塩濃度を高め沈殿量を軽減する。
IAamp DNA Mini KitによるDNA抽出の検討:抽出率を高める。
これら3つの要因について検討した。


C.研究結果
1. LAMP法を用いたC.burnetiiの検出
 Com1を標的としてLAMPの基本プライマーを設計し、さらにLoop primerを添加することで検出時間を20~30分短縮することができた。これらの系によりC.burnetii Nine Mile株のgenomic DNAを65℃の等温で30分以内に検出できた。検出感度は6個/testで、対照であるnested PCR法と同等であった。
 C.burnetiiのみ増幅し、非C.burnetii35菌株に対しては本菌の検出感度の数千倍から数万倍の鋳型量でも、LAMP反応は認められず、高い特異性を示した。従って、本法は、C.burnetiiの迅速検出に有用であると考えられた。

2. 卵からのC.burnetii DNA抽出と検出法の確立
  卵白と分離した卵黄を比較的目の粗いメッシュに通すことで、効率よく卵黄のみを採取することが出来た。
 全卵より卵黄のみを10ml採取し、5%NaC10.1%Tween-20/0.01M PB ph7.2を30ml添加した後、13,000rpm・45分・4℃で遠心し、上清除去後、2mlのTEを添加・混合後、12,000rpm・45分・4℃の条件で遠心し、その沈殿物をQIAamp DNA Mini Kit(Qiagen社製)を用いてDNA抽出する方法がある至適であると考えられた。本法でC.burnetiiⅡ相菌の死菌を用いて添加回収実験を行った結果、LAMP法によって1000個/卵黄10ml(卵1個の卵黄量を17mlとすると1,700個/卵黄1個)が検出可能であり、添加した菌体と同等の回収結果が得られた。


D.考察
 国立感染症研究所での検討結果に関して、今回の結果から、C.burnetii検出のために新たに設計したプライマーおよびプローブによるReal Time PCR法は、omplとIS2の組み合わせによる検出が感度および特異性ともに良好であった。しかし、36サイクル以降では、いくつかの細菌に対し陽性となったので、以後の検査では36サイクル以前で上昇するもの(陽性コントロールと曲線がほぼ同じ高さまで)を陽性、上昇途中のものおよびそれ以降で上昇するものを擬陽性あるいは保留、全く上昇しないものを陰性とすることとした。
 PBS+NaC1およびTween20濃度の卵黄への影響は、塩濃度が高いほどペレットが小さくなり、Tween20の濃度はペレットの量には影響しなかった。そこで、高塩濃度や高Tween20の存在下では、DNA抽出に影響がでることを懸念し、スパイク試験では、スモールスケールでは5.9%NaC1-PBSを、ラージスケールでは8%Nac1-PBSを使用することとした。その結果、スモールスケールでは、最大で卵黄500μl内に100個の菌を、ラージスケールでは最大で卵黄10mlあたり10,000個の菌の検出が可能であった。これを、卵1個の卵黄量17mlに換算すると、スモールスケールでは卵1個あたり3,400個の、ラージスケールでは17,000個の菌が検出可能である。従って、今回のスパイク試験の結果から、スモールスケールの方がより高感度であることが示された。また、スモールスケールの方が一度に多くの検体を処理することが可能で、手技も煩雑でないため、市販の卵からの検出にはスモールスケールを用いることにした。
 市販鶏卵の検査結果は115個すべてが陰性であった。陽性コントロールとして用いたS.enteritidisは500個をスパイクしたときは常に陽性になったので、検出限界は最低でも卵1個あたり17,000個と考えられた。しかし、50個の菌が検出される場合もあり、実際の感度はこの検出限界よりも若干高いものと推察された。今後さらに、卵黄からのDNA抽出法を改良し感度を上げていくための検討が必要と考えている。
 次に東京都健康安全センターにおける検討では、卵黄からのC.burnetii遺伝子検出法について、卵黄への添加実験でnested PCRによるC.burnetii検出感度は5×102個/卵黄10mlであった。これは鶏卵1個(卵黄17ml)あたりでは850個となる。また、市販鶏卵の初期調査として市販卵100個の検査を実施した結果、C.burnetii遺伝子は検出されなかった。
 さらに栄研化学(株)生物化学研究所における検討では、LAMP法でのC.burnetii検出感度は1,700個/卵黄1個のスパイク量(1000個/10ml)が得られた。これは、操作中のロスが無かったと仮定すると最終的に12.5個/assay(5μl)の計算となる。Genomic DNAとⅡ相死菌の反応性を比較したところ、Ⅱ相死菌の反応性はLAMPでもnested PCRでも比較的悪く、50個/assayは検出できるが、5個/assayは検出されなかった。このことから、約12.5個/assayはLAMP検出感度限界に位置していると考えられた。
 以上のように、今回3施設での検討を行うにあたり、感度検定用のサンプルは同一のものを使用し、3施設でそれぞれ可能な範囲で抽出法などの統一をした上で、検出法はそれぞれの独自の方法にて検討を行った。種々の条件の違いがあり、感度を単純に比較することはできないが、方法は異なっても3施設でのC.burnetii検出感度は850個~3,400個/卵1個という範囲であった。
 今後の課題としては、それぞれの検出法について検出感度の向上を目指すこと、市販鶏卵についての調査を追加検討し、結果によっては関連食品についても検討すること、親鶏、死ごもり卵などに対する血清および分子疫学を展開し、汚染状況の把握を様々な角度から行うこと、鶏の感染実験を行い、コクシエラの体内動態や卵への移行の有無、移行する菌数などを調査すること、マウスを用いた経口感染モデルを確立し、感染に必要な最低菌量を検討すること、人のQ熱症例での感染経路の検討をすること、などがあげられる。


E.結論
 本年度の解析で得られたC.burnetii検出感度は、850個~3400個/卵1個という範囲であり、これによる市販鶏卵の初期調査ではすべて陰性であったが、その感度が卵のC.burnetii汚染の有無の検討や健康被害のリスクの検討に十分かどうか、まだ情報が少なく判断することは困難である。今後さらに検出方法の改善に向けた検討を行うとともに市販鶏卵からの検出数を追加する予定であるが、鶏卵のC.burnetii汚染の有無のみの検証、実態調査にとどまらず、親鳥の実態調査や経口感染などに対する基本的な検討をすすめていく必要があると思われる。


F.健康危険情報
 今回の解析からは、C.burnetiiに汚染された卵は検出しなかった。但し、限られた数の結果であることと、検出限界以下の汚染がないとはいえないことから、現時点でいたずらに危険性を指摘することは慎むべきであり、今後もその可能性については引き続き考慮しつつ研究の進歩を見守ることが望ましい。


G.研究発表
1.発表論文
なし
2.学会発表
1)  佐藤 梢、小川基彦、アグス・セティヨノ、山崎 勉、岸本寿男:Real Time PCR(TaqMan)によるCoxiella burnetii検出法の開発、第21回日本クラミジア研究会・第10回リケッチア研究会、東京、2003年11月1日-2日
2)  佐藤 梢、小川基彦、アグス・セティヨノ、山崎 勉、岸本寿男:Real Time PCR(TaqMan)によるCoxiella burnetii検出法の開発、第52回東日本感染症学会、横浜、2003年10月30日-31日
3)  平井昭彦、金子誠二、仲真晶子、石崎直人、小田桐恵、甲斐明美、貞升建志、新開敬行、村田以和夫、諸角 聖、:市販牛乳中のCoxiella burnetii検査法の検討、第137回日本獣医学会学術総会、2004年4月
4)  貞升建志、新開敬行、金子誠二、平井昭彦、仲真晶子、石崎直人、小田桐恵、甲斐明美、村田以和夫、諸角 聖:マヨネーズ中のCoxiella burnetii検査法の検討、第137回日本獣医学会学術総会、2004年4月
5)  百田隆祥、小島 偵、池戸正成、小川基彦、佐藤梢、アグス・セティヨノ、岸本寿男、:LAMP法によるCoxiella burnetiiの検出の基礎、第21回日本クラミジア研究会・第10回リケッチア研究会、東京、2003年11月1日-2日
6) Momoda,T.,Ogawa,M.,Kojima,T.,Ikedo,M.,Sato,K.,Sentiyono,A.,Kishimoto,T: Sensitive and Rapid Detection of Coxiella burnetii by Loop-mediated Isothermal Amplification (LAMP), a Novel DNA Amplification Method. American Society for Microbiology 104th General Meeting. New Orleans,LA, USA. May 24, 2004.


H.知的財産権の出願・登録状況
1.特許取得
なし。
2.実用新案登録
なし。
3.その他
なし。


表1.設計したプライマーおよびプロープの感度
  検出可能な菌数
      100 10 1 0.1 0.01
omp1FAM Rea1 Time PCR 1回目
2回目
Omp2FAM Rea1 Time PCR 1回目
2回目
IS1VIC Rea1 Time PCR 1回目
2回目
IS2VIC Rea1 Time PCR 1回目
2回目
Comi2-34 Nested PCR 1回目
2回目


表2.スパイク試験の結果

 

スパイク菌数/検体

 

検体量 ( 卵黄量 ) 100,000 10,000 1000 100 10
Small Scale 5.9 % 0.5ml ++ ++ ++ ±+ --
Large Scale 8% 10ml ++ ++ ±- -- NT

+:35サイクル以前に上昇、±:36サイクル以後に上昇、-:上昇せず
(IS2により2回行った結果。omp1もほぼ同様の結果)

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